数年間続く股関節外側の詰まりに悩む投手
右投手の場合、右足が重心を前方に押し出す役割をして、捕手側に踏み出す左足でブレーキをかけて骨盤の動きを制御します。ステップを大きくとるには、右股関節を十分に外転させる必要があります。この外転時の違和感に数年間悩んでいる投手と遭遇しました。もしかしたら、同様の症状に悩んでいる投手が多いかもしれないので、紹介したいと思います。
1.症状
ある右投手が、数年間にわたって右股関節の外転制限に困っていました。普通なら外転制限と聞くと、内転筋が硬いのか?と想像します。しかし、この選手の場合は、股関節外側(中殿筋あたり)に詰まりを感じるとのことで、内転筋とは無関係でした。
「詰まり」はいろいろな理由で起こりますが、一つの特徴としては他動的な外転可動域の限界に到達する前に、外転筋やその周囲の組織の滑りに制限が生じる場合に生じることが多いように思います。股関節の場合は外転よりも屈強時の股関節前面の詰まりが起こることが多いのですが、この投手の場合は外転方向で生じていました。
実際に投球動作をゆっくりと行ったときに気になる部位を指差してもらったところ、中殿筋の中央部あたりを指差しました。そこをリリースすると股関節後部に気になる部位が移動しました。このように順次組織間リリースを行なって局所的な詰まりを改善しながら、動作中の気になる部位を順次改善していきました。
2.治療
この投手の場合、実際に治療したのは次のような部位でした。
1)中殿筋と小殿筋の間、特に上殿神経・動静脈の走行に沿ったエリア
2)中殿筋と小殿筋の間で、大転子から上方に2-3cmにある滑液包と中殿筋・小殿筋との癒着
3)小殿筋後部線維が、大転子の近位部を通って大転子前部に向かうところで大転子、滑液包、中殿筋と癒着
4)大腿骨頭の後方で、上殿神経が梨状筋深部で関節包に癒着
5)梨状筋深部で、大坐骨孔における上殿神経と仙腸関節下方関節包との癒着
6)股関節前面で、大腿直筋反回頭と関節包、腸骨筋とiliocapsularis(IC)、ICと関節包などの癒着
7)大腿神経およびその枝である伏在神経、内側広筋枝、中間広筋枝、大腿直筋枝、外側広筋枝とその深部の筋との癒着
8)閉鎖孔における外閉鎖筋と閉鎖神経との癒着
以上の癒着を順次リリースしたところ、少なくともその場での違和感は消失し、本人は満足した様子でした。その後の練習や試合でも調子は良いようです。
泥縄式の治療になりましたが、広範囲の癒着がある場合に組織間リリースを行うたびに痛みや違和感のあるい部位が移動していきます。これは移動したのではなく、最初から複数箇所の痛み(癒着)が存在していたことを意味します。特に症状が長期化すると、症状が広範囲に拡大し、複雑化することがしばしばあります。
3.原因探索
このような広範囲の癒着が何故起こったのかを明らかにしないと、再発の可能性が高いままになってしまいます。治療中にいろいろと思い当たる原因を尋ねましたが、
1)殿部周囲の打撲の経験
2)骨盤ベルトなどの締付け
3)マッサージやボールなどによる挫滅マッサージ
などは思い当たらないとのことでした。
既往歴を聞いたところ10年以上前に右坐骨神経痛があり、下肢痛を無理して練習を続けたとのことでした。このときから潜在的に上殿神経などの癒着があったのかもしれないと推測しました。真偽の程は確認できませんが、神経症状が慢性化すると、その周囲の神経に沿って癒着が起こることがあります。この選手の再発予防として、既往歴との関連性を考慮して、大坐骨孔から出る全ての神経に沿った癒着を取り除くことが望ましいと思われました
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