「出産後だから」という理由で、現在の不調の治療を諦めていませんか?
「産後は一生続く!」この一言がすべてを物語るように、妊娠・出産が女性の体に及ぼす変化やダメージは放置すれば一生続きます。特に「癒着」によって起こった筋機能低下、神経障害、過活動膀胱、胃の圧迫症状、子宮周囲の痛み(生理痛を含む)、腕神経叢の絞扼障害の一つとしての乳腺炎(母乳のリンパ・静脈への潅流障害)などは、対症療法や運動療法では解決できず、「産後は一生続く!」という状態に陥ってしまいます。
しかし、癒着に対する治療を適切に行うことで、ほとんどの不調は解決できます。今回は、その中でも「仙腸関節痛」について記載したいと思います。
■ 産後の仙腸関節痛の病態
出産後の仙腸関節痛は、妊娠後期から出産にかけて骨盤が弛むことによって起こると考えられています。しかし、不安定性だけに起因するわけではなく、不安定性を伴わない骨盤のマルアライメントによって痛みが引き起こされている例もあります。
むしろ、本当に重度の不安定性によって痛みが続く例は非常に珍しく、まずはマルアライメントの治療を進め、どうしても症状の改善が得られないときに不安定性によって起こっている痛みであることがわかります。さらに、マルアライメントや不安定性の治療を行っても、症状が変化しない場合もあります。
以上をまとめると、産後の仙腸関節痛をメカニズムから分類すると以下のようになります。
A. 骨盤輪のマルアライメントに起因する症状
B. 仙腸関節の不安定性に起因する症状
C. 上記のいずれの治療によっても改善しない症状
これらについて順次説明しましょう。
A. 骨盤輪のマルアライメントに起因する症状
(1)病態
妊娠中であれ産後であれ、骨盤マルアライメントとして図1のようなパターンがあります。一つの面上のみでのマルアライメントもありますが、その多くは複数の面での歪みが組み合わさっています。
産後の骨盤マルアライメントの中で、最も多いのは前額面の「下方回旋」です。これは、主に中殿筋や小殿筋の癒着によって大転子・腸骨稜間距離が短縮することによって生じます。もしくは骨盤底筋のうち、横方向に向く浅会陰横筋の過緊張によって坐骨結節が接近していることに起因する場合もあります。いずれの場合も、立位では坐骨結節が接近し、腸骨稜が外側に引かれるため寛骨は下方回旋します。寛骨下方回旋によって、仙腸関節上部に離開ストレスが生じています。これらに周産期の仙腸関節不安定性が加わると、仙腸関節上部の開大が更に増大してしまい、仙腸関節痛が重症化することがあります。
中殿筋や小殿筋の癒着は、産前産後の側臥位での睡眠が大きな原因であると考えられます。通常、上殿神経周囲に強い癒着があるので、神経と中殿筋間をリリースするだけで、かなり緊張を弛めることができます。しかし、それでは不十分で、小殿筋と関節包との間の癒着をリリースする場合もあります。
骨盤底筋の癒着は、座位での生活での慢性的な圧迫や出産時の骨盤底筋の損傷(会陰切開)後の瘢痕などの影響が考えられます。実際には出産経験のない方でも、骨のように固くなっていることがあります。その過緊張には、会陰神経や背陰核神経などと浅会陰横筋などとの癒着が関与していることが多く、これらの神経と筋を丁寧にリリースしないと緊張は解消されません。
(2)治療
上記を理解した上で、治療を進めます。まず、運動療法のみでアライメントを変化させることはまず不可能なので、 リアライン・コアSI を用いて理想的な骨盤アライメントの保持します。そして、その状態を保つために必要な筋活動を誘発するエクササイズを行い、理想のアライメントを保持する筋活動パターンを学習させていきます。
リアライン・コアSIによるある程度の即時効果とアライメントの改善は得られますが、その効果の持続性はマルアライメントを引き起こすような組織の過緊張(特に癒着による)がどの程度かによって決まります。つまり、癒着が重度であるほどリアライン・コアSIの効果の持続性は短くなります。そのようなとき、癒着に対する組織間リリースが不可欠となります。まず、寛骨下方回旋を促す大腿筋膜張筋、中殿筋、小殿筋、関節包へとリリースを進めていきます。ときには中殿筋と小殿筋の間に外側広筋を支配する大腿神経の枝が挟み込まれることもあります。小殿筋遠位で大転子との間の癒着が股関節内転制限を頑固なものにしていることがしばしば経験されます。
運動療法ではこれらの癒着を剥がすことはできません。また、骨盤安定化筋を鍛えても24時間骨盤を引き続ける癒着による過緊張筋に勝る効果を得ることは不可能です。このため、必然的に治療の最初の段階は組織間リリースによる癒着の治療ということになります。最初に癒着の治療を行い、その後筋活動により安定化を図ります。特に大殿筋によるforce closure、腹横筋下部の持続収縮による寛骨上方回旋位保持が重要となります。
ちなみに、寛骨下方回旋を直すと腸骨稜が内側に接近し、ウエストが細くなります。よって、妊娠前の体型を取り戻すことは骨盤の安定性を取り戻すことと同じ意味を持ち、将来に向けて仙腸関節障害を予防するためにも産後早期に取り組むべき重要なポイントであると捉えられます。
B. 仙腸関節の不安定性に起因する症状
(1)病態
私が経験した中で、仙腸関節の不安定性が強くて手に負えない症例は経験したことがありません。マルアライメントの原因因子である癒着をすべて取り除き、force closureに必要な筋群のトレーニングをしっかりと行うと症状は確実に改善してきます。
(2)治療
不安定性が著明な場合には、リリースによるリアライン(骨盤の理想的なアライメントを獲得すること)が即時的に得られたとしても、数時間から数日の間にマルアライメントが再発することがあります。このような場合は、理想のアライメントに骨盤を固定した状態で、その周囲の筋活動を反復し、理想のアライメントを筋に覚え込ませるようなスタビライゼーションが必要になります。これはマリガンコンセプトにも通じる考え方ですが、筋による理想のアライメントの「学習」が重要となります。
理想の骨盤アライメントを保つためには、何と行っても リアライン・コアSI が役に立ちます。10分間程度のエクササイズを1日数回行い、マルアライメントの状態ではなく、理想のアライメントの状態を骨盤周囲の筋に学習させていきます。これを2-3週間続けると、1日数回が1日1回、週に2-3回へと、リアライン・コアの使用頻度を下げていくことも可能になりまる。つまり良好なアライメントを保持できる時間を伸ばしていくことが可能です。
不安定性の程度によっては、リアライン・コアから完全に離脱するには数ヶ月かかるかもしれません。しかし、この手順で骨盤輪不安定性を克服できることを知っておくと、いざというときに必ず役に立ちます。
C. 上記のいずれの治療によっても改善しない症状
マルアライメントの治療後に良好なアライメントが得られても症状が変わらない場合、またリアライン・コアSIによって骨盤の理想的なアライメントに保持しても症状が変わらない場合が稀にあります。このような場合は、骨盤アライメントとは無関係な疼痛のメカニズムを探索する必要があります。
代表的なものとして、上殿皮神経や上殿神経、下殿神経といった仙腸関節周囲の神経の癒着によって起こっている疼痛が挙げられます。あるいは、下の図にあるように、仙腸関節の前面で坐骨神経を構成する第5腰椎神経や第1仙椎神経が癒着している場合があります。
これらのほとんどは、 「精密触診」 の技術を用いて疼痛発生源を特定し、その部分の癒着をリリースすることで解決されます。
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